残酷な女神〜君逃げることなかれ〜


 









「死ぬ事は赦さない」



俺が彼女に言えた、たった一つの呪縛。
そうする事でしか、俺は彼女の生を繋ぐ事が出来なかった…。
死にどっぷりと浸かり込んだ彼女を抱きながら、俺はこの生から逃してやらない事を決めた。


死ねないのなら、殺してほしい。
と、そこまでギリギリの彼女は、一種美しい生に見えた。
俺がこのように貪欲に生を紡ぎながらも、知らずに生きている事実の方が、
汚らしいもののようだった。
俺はこの人生というものに賭けて、彼女を救い出してやろう。
それが、俺に出来る事。いや、違う。
俺がしたい事だ。

叶わぬ願いだと知りながら、この難攻不落の愛に挑みたかった。
それは決して苦難ではない事を、この想いの中で、俺は悟り始めていたから。


四六時中、抱き留めておきたかった。
離してしまえば、本当に消え去ってしまいそうなほど、彼女は死に執心していた。
何度生を唱えても、彼女の瞳に躍動が戻る事はなかった。
それは、俺の愛が受け容れられていない事実でもあった。
これほど苦しい事はない。
それでも、それを甘んじて受ける覚悟を俺は持ち続けた。
時折、涙に暮れた後、腕の中で抱き返される温かさを、愛だと信じ切る事で、沸騰した欲望を抑え続けた。
疲れ切ったはずの寝顔が、どこまで美しく幼いままで、滾る想いに眼を伏せた。


俺の愛は、何処まで持つだろう・・・・。


一種の我慢ゲームのようなものだったかもしれない。
この心が、どこまで彼女を求められるか。
そんな危険なゲームだったかもしれない。
愛を囁けば、囁くほどに、渇く心の欲望と渇望に、どこまで餓死せずに出来るだろうか。
そして、その限界を越えた俺は、彼女をどうしようというのだろう。

(・・・・・・。激情でない事を祈ろう……。)








自分の心に、それほどの信頼を置いてはいなかった。
昨日止められた想いも、今日は吐き出してしまうかもしれない。
何処までも自分勝手な想いに、俺は染まりつつあった。

愛の恐ろしさに逆走する事も出来ない距離にあった俺は、今日も彼女をカゴの中に閉じ込めたままだ。
それは自己満足だろうか。
出来る事なら、彼女の為であってほしい……。


今日も君は問うのか。
「何故、殺してはくれないのか」と・・・・。
聞き飽きる事も、慣れる事もない言葉で、毎日俺を殺している事に、君は気付いているのか?
いいさ…。
君だから、殺されてやるよ。
ただし、死ぬ事は赦さない。
たとえ、それが君にとって汚らわしい世界であろうと、君には俺の為に生きてもらう。
そして、二度と暗闇へと墜ちる事のないように、繋いだ手は放しはしない。


いいか、良く覚えておけ。
君は今、生きているんだ。
紛れもなく、その身体には温かい血が流れ、紛れもなく生を紡ぐ。

忘れてはいけない。
君は独りじゃない。周りを良く見ろ。
忘れてしまえ。
そんな悲しい想いなど・・・。

君の悲しい記憶を消してしまえるんだよ?
俺には…。
知ってたか?
そんな魔法のような事を、君の心に命じる事が出来る。
でも、そんな事はしない。
君が君でないのなら、愛しはしないから・・・。
苦しい君は嫌いだ。
だけど、逃避したままの君は、もっと嫌いだ。
独りで立ち向かう事はない。
ほら、俺の手を借りてみろよ?
倒れそうになったら、抱き起こしてやる。
諦めそうになった、教えてやる。
押し付けそうな愛を、どうか赦してほしい…。
君を赦しはしない俺が、どうして君に、許しを乞えるだろう。
それでも、俺は…。君を愛していたい・・・。



言いたかった言葉は、本当は違ったんだ…。
あの時、愛を囁けない俺には、死なせない事だけで精一杯だった。
振り向いた瞬間、死に身を賭しているような君を、無理矢理に繋ぐ術は、死なせない事以外になかった。
だからあの時、俺は戒めのように抱き締めて、死ぬ事を赦さなかった。
そうする事で、君に未来を与えられるのなら、俺は君にとって憎い存在でも良かった。
その中で、愛を分け与えられるのなら、幸せだった…。
抱く事の出来ない事実よりも、俺は夢幻の君を知りたい。
引き寄せては、俺を拒む君を、どこまでも追いかけて、救い出してやりたいと思う。


憎めよ、嫌いになってみろよ。
そうすれば、俺は心置きなく鬼と化せる。
君を無理矢理に、この世界に引き止めてやろう。
その中で幸せを見出せばいい・・・。
その幸せの中に、たとえ俺が居なくても構わない。


泣き叫んでみろよ。
慰めてやる代わりに、その心ごと燃やしてやろう。
縋り付くのなら、覚悟を決めろ。
受け容れる代わりに、決して傷付けはしない。


残酷な宣告をやろう。
死人は、もう戻らない。
どれだけ君が想いを寄せようとも、懇願しても、彼らは戻りはしない…。
そして…君を抱き締める事もなければ、君の愛に応える事も出来ない。
人形以下になるのさ。
姿形でさえも、残らない…。



―――ヤメテ―――
コレイジョウ ワタシヲ クルシメナイデ…



耳を塞ぐなら、声に出してみろ。
誰も君を責めはしない。誰も拒みはしない。
苦しいのは、独り抱え込んでしまうからだ。
俺では…役不足なら、誰か別の人でも構わない。
だから、人を愛してゆく事まで拒んでしまうなよ……。
それは、君が人間というものである限り、悲しい事だから・・・。


残酷な宣告をやろう。
そう、君はヒトというものから、変わる事は出来ない。
どこまで人間なのだから。
涙を流しても、他を愛しても。
君は人であるから…。
だから、君は苦しんだ。
だから、君は俺を拒むんだ。
眼を背けてはいけない事実なんだ。



ここに変わらない愛を贈ろう。
君を縛り付ける愛さ。
でも、生きる事を選択する時、君に希望をやれる。
必ず手となり、足となろう。
それが、俺の人生の全てであろうと。
この命、果てる時まで・・・。


何度でも言ってやろう。
「愛してる」
「死なせはしない」
「逃がしもしない」
「好きだから…」


君は泣くだろう?
いや、あの時も、この時も泣く。
今の俺には、その涙が悲しみの涙なのか、嬉しさの涙なのか、量る事が出来ない…。
どちらでもいい。
俺にも、残酷な宣告をくれないか?
君の辛辣な言葉に殺されてゆきたい。

また俺は、君を抱き締めるだけの、大人な男で居なければいけないのか…?
内に灯る衝動を堪えて、君を優しく撫でるしかないのか。


君の方が残酷だよ・・・。


知らずの内に人を魅せて、壊してゆくのだから。
それでさえも、甘い痺れのようだと思わせてしまう。
悲しいよ・・・。
その気高さが、本当の君を壊していっているのだから。

きっと、君を無感情のまま殺せてしまえれば、俺は救われる。
少なくともこの心は、な…。
だけど、二度と愛を呟く事は出来ない。
心の想いを圧し留めたまま、殺人鬼となるだろう。
それでも、君は俺を鬼と化す事もさせないだろう?
その無防備な優しさが、いつまでも俺を放さない…。

罪を背負わせてもくれない、残酷な君よ・・・。
もう言ってくれないか、最後の決断を・・・。

死を選びたいなら、この俺がこの手で殺めてやろう。
生を選びたいなら、俺は祝福の言葉を贈ろう。
共に歩んでくれるのなら、永遠ではない今をやろう。
永遠がほしいなら、この命でさえもやろう。



「永遠などありはしない」



それを信じないというのなら、どちらかの死が訪れる時、俺は共に死んでやろう。
それで悲しむのは君だ。
それが永遠だというのなら、愚かしい事だ。
それでも望むのなら、受け容れてみせよう。

いいか。
君の人生は、もう君だけのものではなくなった。
多くの人々を巻き込みながら、それでも君は誰かに喜びを送り続けた。
その結果が、この愛だとしても…。

一人に賭ける愛が、愚かしいとは言わない。
むしろ美しく、素晴らしい事であろう。
しかし、君でさえも壊してゆく愛が、俺には憎らしい。
愛を貫く時、お互いが壊れてゆくのなら、なんと哀しい事だろう…。
守る術を持たない俺達、周りの人間が、迷い彷徨うだけなのだから・・・。

いっそ、愛など知らなければ良かった。
それでも、俺は君を愛している・・・。
それでも、俺は君を求めている。

君を救えるのが俺で、俺を救えるのは君だと、心の底から叫び出せるとしたら、
俺の愛が真実だと言ってもいいだろう?

この溢れ出る想いが、暴走してしまう前に、
“愛してる・・・”と言わせてくれ・・・・・・。










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