「驚いたな…」
ノックもなしに入って来た彼が言った。
「開けないでって言わなかった?」
少し不機嫌に…。
それでも、どこか嘘で。
「あぁ。大きく書いてあった」
「じゃぁ、…」と言いかけて、私は言うのを止めた。
彼の手にある、カップは私専用のカップ。
それが何を意味しているのかが解ったから。
「そう……」
気の利いた事も言えず、ただ黙りこくっていた。
「早くその涙を拭くか、もっと流すかにしないか?」
と、彼らしい悪戯な微笑は、温かい日溜りのようだと言ったら、みんなは笑うだろうか。










驚いた。
ドアの張り紙を無視して、「仕事中だ!」と門前払いを決め込む彼女に、
ノックもせずに入って、少し驚かせてやろう。
そんな風に軽く想っていたのに、どうやら驚かされたのは自分だった。

「仕事」をしながら、彼女は泣いていた。
泣き叫ぶわけでもなく、声を殺しているわけでもなくて、ただひっそりと泣く・・・。
唯、美しいと想った。
その涙を止めようとか、ワケを聞こうとか…そんな感情が起こる前に、奇麗だと感じた。
彼女の仕事は「モノ書き」
ようは、詩を書いたり、創作をしたり…。
とにかくは、そうやって文章を繋げる仕事だった。
彼女は、そうやって文章を繋げる時、決まって独りで部屋に篭る。
誰にも、そう、空気や存在にさえ邪魔はされたくない、と云わんばかりに孤独を決め込む。
彼女の書くものが、どこか悲痛さを帯びていたのは、このせいだったのか…。
今、初めて知った事実に、俺は妙に納得していた。
君はいつも、そうやってペンを執りながら涙を流していたんだね・・・。
この想いを気取られたくなくて、悪戯に言葉を投げかける。










受け取ったカップは、彼のように温かい。
一見、冷たそうに感じる言葉の端にある優しさを、私はいつでも知っていた。
「驚いたな」は、「大丈夫か?」そんな風に解釈してしまうのは、盲目の恋とやら、だろうか。
それでも良い。
溺れて苦しくはない海原なら、どこまでも落ちて漂っていよう。

彼は、それ以上の事は聞かない。
沈黙は、ただ嫌悪するだけのものじゃなく、落ち着く為のものだと良く知っている。
時に言葉は邪魔だ。
自分の不器用さを知ってしまう・・・。

いつの間にか止まっていた涙の跡を、カップで熱くなった指が辿る。
彼自身の温度とは違うそれを、私は心地好くも感じていた。


「何を想って泣く?」
その刺々しささえ感じる言葉が、彼の唇から発するだけで、甘い気がするのは決して、溺れた罪じゃない。
「知らなかったよ。黙々と仕事とやらをこなしているものだとネ」
少し自嘲気味な彼が、とても愛しかった。
「知らなかった」に込められた「後悔」のような念が、そこにはしっかりとあったから。
嬉しいとは違う、もう少し幸福な感覚。
快感とも呼べるかもしれない。独占欲という名で。

私も、想うところ、自分の涙の意味を知らない。
何かを想って泣いているわけじゃない。
ただ……とてつなく、哀しい、悲しい・・・。
紡ぎだす言葉が明るくとも、走らせる手は、雫で濡れている。
誰にでもなく、自分の為への涙。
それでいて、どこか空虚。
私は独りじゃない。
なのに、無理矢理に作る孤独。
そして、当たり前のように知る、温かさと愛。
自覚する自惚れという、甘い感覚。
醜態のはずの、艶めかしい涙・・・・。


恐かった。
詩の一片では、限りない愛情の丈を・・・。
偽りの中の、美しい虚。
詩の中では、「キミ」は誰よりも愛しく、誰よりも近く、誰よりも美しい。
詩という別世界では、キミは饒舌で、キミは際限なく優しい。


だから、勘違いをしてしまう。
ココにいる「キミ」は違うコトを。
それを決して嘆いてるわけじゃない。
不満を感じているわけじゃない。
何一つ、君を疑いたいわけじゃない。
想うのは、私の貪欲な心。
いつでも、想われる事に慣れてしまっている私。
想われる努力をしないで、私は欲望のままにキミを求めてる。
履き違えているような愛が、いつしか現実世界では壊れてしまうかもしれない事を、
私はいつも涙で隠していたのかもしれない・・・・。
この涙を流せている間は、私はまだ美しいのだと。
私はまだ想われる女(ひと)であるのだと。
そう想う事が、醜いのかもしれない。
ズルイのかもしれない。

繰り出す詩の言葉よりも脆い、崩れ去ってゆきそうな心の私を、キミはどう思うだろうか。
さっきと同じように、「知らなかった」と言ってくれるのだろうか・・・。
自信のなさが、愛しさの渦が、今日も詩という一枚の紙の上で、美しく流れてゆく。














君は知っているだろうか。
「ブルーローズ」という言葉を。


人は誰しも、脆く崩れやすく、そうして貪欲なものだ。
けれど、そうじゃない人など居ない。
そうでないと思っている人は、自分を知らないだけだ。
人は誰しも、被りたい仮面がある。
そう、君が孤独を着こなしたかったように。
一番恐れているものを、わざと感じ、遠ざけたかったように・・・。

君は知らないだろう。
この冷たき言葉の裏にある檄昂し兼ねない、熱き想いを。
クールを装う事で、想いを抑えている事など。
愛しいと、この口から言ってしまえれば、どんなに楽だろう。
そう、君は知らない。
僕が被りたがる仮面の一つに、君は惑わされているだけだ。
自らの脆さ故に、他人(ひと)の脆さを崩そうとはしない。
そんな臆病さを身に付けてしまったんだね。
強い人を演じる事は、舞台を降りられない事も同然。
君はずっと、そのステージで踊り続ける。
その時に気付くさ。



―――ブルーローズ―――
「決して有り得ないこと」



青い薔薇は咲く事はない。
人工的である以外に。
そう、その仮面を被り続ける以外には、青い薔薇は咲く事はない。

一見の美しさに魅入られた女(ひと)よ。
その価値故に感じる孤独を、君は知っているだろう。

君に教えよう。
決して有りはしない花を、追い続ける事の虚しさを。
砂で出来た、豪華な屋敷はきっと、きっと、崩れ去ってゆくものだから・・・・・。





 
 
 
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