「煌めく薄紅〜聴こえないアイシテル〜」 









『また始まる朝に、何度となく殺されても、もう誰も口にしない彼女の名前を繰り返す。 
その夜のためだけに、また息を吹き返す事なら出来るから・・・・・・・・・・・・』

















春は、桜・・・。
秋に、紅葉か・・・。



呟きのように掠れた言葉も、この美しい景色の中では無意味なもので。
開け放たれた和の邸の窓。
京の都。
風物詩や季節を、愛でられるには味わい深い地で、今日も変わらない景色を見つめている君が居る。
先日から色付き始めた紅葉を、満面の笑顔で見つむる君が愛しい。
はらはらと散る紅い雪が、今日も彼女を楽しませる。
そんな景色に、少しばかりの嫉妬を抱きながらも、その美しさに魅入られているのも事実。
時折強くなる北風は、彼女の髪を乱したり、僕の心を乱し、痛みを連れてくる。
泣きたくなるような紅い友人を見ていると、舞い込む葉は、まだ少し黄色を残していた。



「見て。綺麗ねぇ…。」

手に取り呟いた横顔が、何とも儚く綺麗だ・・・。
無意識に、胸の前で手を握り締めていた。
心の痛みを知られないように・・・。

「・・・?どうしたの?」
無邪気な君の笑顔が、恨めしい。しかし、愛しい・・・。
「いや、あまりに綺麗だから・・」
そうでしょう?と、クスクスと微笑う彼女の瞳が、忘れられない。
本当は違うのに・・・。
綺麗だと言いたかったのは、君に・・・。
舞い込んだ葉を、手の中で転がしながらコロコロと笑う君を
、何故か悲しく思っていた。
手に届かなくなる。
きっとそう確信しながらも、ずっと否定し続けていたから。
てのひらの黄色い紅葉が、熟せない僕らのように、紅になりきれない未熟さのようだった。
「私たちのようね?」
ふと声をかけた彼女が、自分と同じような事を言った。
「まるで、二人のよう・・・。決して紅だけには染まらない。
それは交わらないわけではなくて、そう、個性を活かしながら調和しているような。
紅でもなく、黄でもない。だからと言って、紅一色の葉に負けてはいないでしょう?ねぇ?」


どうやら僕の負けのようだ・・・。


まさか、こんな切り返しで返って来るとは思わなかった。
そう。決して、僕のように後ろを振り向かない。
未熟さを、嘆くばかりの自分が嫌になる。
また認めようとしない青い自分が居る。
それさえも否定してしまいそうなひ弱な心。
その全てを見透かし、溶かしていってしまう彼女。
失えない温もりを、神はもう決別させようとするのか!!
曝け出せない、向かう場所がない怒りが、自然と顔を強張らせてしまう・・・。

「違ったかしら?良く合うと思ったけれど・・」
どこまでも的外れに、的を射て、僕の心を解きほぐしてゆく。
その無邪気さが僕を癒し、その無垢さが僕を殺していく・・・。
なのに、それでも笑ってしまえる今日が、いつまでも続いていればと願わずにはいられない。

「あぁ、僕らのようだね。でも少し…僕は違う事を考えていたよ」
「違う事?なぁに?」

もう何度目かの強い北風に、てのひらの葉を掬われて、
ひらひらと攫われていった。
その光景に悲しみを少し乗せながらも、それでも笑って風の悪戯を許してしまう彼女がいる。
それがまるで、どんな自然の輪廻や秩序にも逆らう事は赦されないと、無言の中で囁かれたようだった。
質問には答える気にはなれず、いや、恥ずかしさを押し殺して、何でもない風を繕った。

「追わないのかい?」
僕ならきっと、きっと、追ってしまいそうになるだろう。
「追う?葉を?」
「あぁ・・・」
深く目を瞑って、目の奥の痛みを感じようとした。
しばらくの後、開いた瞳とかち合った彼女の純真な瞳が、
僕の心の真意を推し量ろうとするように、貫いていた。


「葉は…風の向くままに舞う。それを人の手で引き止める事は出来ない。
そう、自然の摂理に逆らう事が出来ないように、私達も同じ。
その流れを、追う事など出来ないわ。」
その言葉が、本当に紅葉に告げられる言葉なのかどうか、僕は少し戸惑っていた。
「それでも引き止めて、しがみ付きたくなる僕は、
愚の骨頂だろうか・・・・」

乾いた風になびいた髪を、撫で梳く指が白く、細かった事が妙に印象を与える。
逆光の中、キラキラと光る黒髪が、彼女の全てのようで、涙が溢れた。


「自分の事を、そんな風に思っていらっしゃるの?」
そこはかとなく溢れる愛情が、押し寄せては僕を蝕むようだった。
「君を縛り付けてでも、この世界に引き止めたい衝動に駆られる。
それなのに、自然の中で生きる君が一番美しいとも想う。
愚かだろう・・・?」
生まれて初めて流した涙のように、不器用にしか拭う事が出来ない。
「…嬉しい。」
「・・・・?」
「そんなに想ってもらっていると、自惚れてもまだ足りないほどに。
忘れているようだけど、私も貴方と同じように愛を感じ、送ろうと思っているの。
ただ、届かない方が多いようだけど……」


一見すれば、はにかむような笑顔だったけど、それは間違えようもなく、悲しみの色をしていた。
時々彼女には、形容出来ない表情(かお)がある。
儚い微笑にも見える、涙。
美しいはずの、恐怖の笑顔。
どれも彼女の一部でありながらも、どれも違う・・・
そんな錯覚を感じる表情がある。
今の笑顔が、そういった種類のひとつのようで、
僕はもしかすると見逃していたかもしれない。

「自惚れなんかじゃない・・・。解ってる、その愛情も、君も。」
「本当に・・・?」

問われて気付いた。

何一つ解っていないのに、解ったふりをしていた事を。
それを見抜かれていた事を・・・・。
沈黙でしか返せない事実が、更に確信を抱かせる。

「ありがとう・・・ありがとう・・・」

綺麗な笑顔は歪んで、瞳には雫が溜まって、取りとめもなく流れてゆく頃、
震える唇は、壊れた玩具のように、“ありがとう”と囁く。
一瞬の躊躇いが、その雫を拭う事を忘れた。
同じように、涙を流したままだという事も忘れ、窓際で病床に伏せる彼女に近寄って、
膝を折って、真珠よりきらめく粒を、丁寧に拭き落としていく。


「お願いだ・・・連れて逝かないでくれ・・・」


もう、どちらが泣いていたのか解らないほどに、
がむしゃらに抱き締めて、子供のように泣きじゃくる。
抱き返してくれる腕の温かさだけが、真実(ほんもの)で、その温かだけが「今」だった。

夕日に照らされた紅の雪は、今も尚はらはらと地に舞い落ちる。
陽に透けて葉脈を映し出した葉は、無規則に風の思うままに揺れて、木から飛び降りて地を目指す。
そこにあるのは、冷たい大地と、飢えるような生と、枯れてゆく悲しい運命。
そこにどんな美しさを、この瞳に焼き付けろというのだろう・・・。








知らず知らずの内に、背中を擦られていたのは僕だった。
子供があやされるように、それでもどこか心地好くて。
布擦れの音と共に感じる、彼女の細い指からの体温が、とてつもなく愛しくて、愛しくて・・・。
これ以上力を込めると、折れてしまいそうな彼女を、それでも強く、強く・・・。


「逝かないでくれ、こんな僕を置いてゆくのか・・・なぁ?」


逆光に映し出された表情は、黄金。
その光の中、微かに口元があがり、笑んだ事が分かった。
尚も、撫で擦る背の温もりを保ったままなのに、今にも離れていきそうな存在を抱き締める。
その手は虚しく空を抱く。

「…置いてゆくのか、とは問わないで。哀しいわ、何も答えられないのだから・・・・。
 貴方への愛は、そんな言葉で試さなくても大丈夫よ。」
どこまでも僕を癒し、殺していく彼女が、愛しいだけの感情では表す事など出来なかった。

「私は、あの美しい紅葉にようになれる。ほら?あのひらひらと舞う、あの紅葉にように。」
力なく指差した向こう、もう何枚目かの飛翔をする紅い葉が、ゆらゆらと夕日の中を舞う。
「……冷たい大地に落ちる君など居なければいい!
美しく舞った後に、散り枯れてゆく君などっっ」
激情にも、怒りにも似た、愛しさの中の悲しみが、感情を現して来る。




「ねぇ…?本当にそうかしら。良くご覧になって。あの葉が落ち逝く美しい大地を。
そうして、誇り高き葉の生を。」
「・・・・・・」
「木を飛び立った葉は、悪戯でありながらも、友のような風に吹かれ空を舞う。
一直線に落ちる事はない短いけれど、そう、旅のような舞い。
緩やかに落ちた先では、自分達を受け容れた地であり、自分達を戻してゆく地があり、
そうして新しい生を生む土がある。決して同じ葉に戻れはしなくても、きっと来年同じ木の為になる。」


限りない愛情を讃え、慈しみの笑顔で語る朗々と、しかし真摯な言葉は胸の中心をえぐるように、
温めるように染み込んでいく。
闇に飲み込まれる事のない光が、彼女を纏っているようだ。
彼女が光を纏うのではなく、光自身が彼女を乞うかのように・・・。


「君は・・・っ・・・・」
もう言葉に出来る言葉を、僕は持ち合わせてはいなかった。
「私はあの紅葉の葉のように、また同じ秩序の中で生を受け、あのもののように新しい生になる。
美しい生の大地。それは、貴方の腕の温もりに似ているわ。」
「僕の温もり・・・・」
「そう、優し過ぎるような、そんな温かさね。今も変わらずに好きよ。貴方の泣き顔も。愛してる。」
少しイタズラな笑顔で笑った彼女が、僕の頬に触れた。

その指が、本当に雪の下で居たように冷たかった。
温めるように、自分の手を重ねててのひらに口づけを落とす。
抱き締めた彼女の重みが増して、僕はゾクリとする戦慄を感じた。

「ねぇ?どうした?眠ったのかい…?」
解りながらも、どうしても認めたくなかった。
眠りながら抱き締めていた蜜月と、何ら変わりない
綺麗な寝顔のままだから・・・。
それなのに……それなのに・・・感じない温かい鼓動・・・。

「まだ…まだ、言ってないのにっ・・・。愛してる、愛してる・・・・だからっっ」


その後に続けたかった言葉は何だろう・・・・?
懇願し続ける罪人のように、彼女にすがり付きながら、壊れたように泣き叫んでいた。
その横で、夕日も落ちた空に、寒々しく北風は吹き荒んで、今はもう黒い色に、
姿を変え始めた紅葉を落としてゆく・・・。
光の無い夜空では、黒く影を落とした君の手のような葉が、ひらひらと一枚、一枚と落ちてゆく。
その一枚、一枚が君だと想うと、掻き集めたくもなりそうな想いに圧倒される。
掻き抱いた彼女の唇が、紅葉色に染まっていて、美しいと霞んだ頭で感じていた。
触れた感触とは違うとは分かっていながらも、もう一度だけ、最後に唇を塞いでみた。


今も昔も変わらない紅の味が、今でも口腔に残り、涙を誘って止まない・・・・・。
















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