深い深い海の底に、人魚の城がありました。
一人の人魚は、人間に恋をしてしまいました。
人魚は願いました。
「どうか、どうか、あの人の元に行かせて下さい。」
海の世界を捨ててもいい。
だから足を下さい。

失う恐さよりも、あの人と共にありたい。
その為なら声も要らない。
懇願して、魔法使いに「声」を渡し、足を手に入れました。
地上に辿り着いた人魚姫は、人間としての生を手に入れたのでした。
それは、どんな物語が待っていると言うのでしょう・・・・。


















「LEGEND OF MERMAID」〜必要のないコトバ〜



君はベッドに横になっていた。
落ち着いた浅い呼吸を繰り返して、穏やかな体温だった。

スーっと、一日の何もかもが終わった。

緊張を解いた一人の女が、愛しさを超えた愛を成そうとしていた。
それはどこまでも残酷で、ただ泣く日も少なくなかった。
この夜の穏やかさを手に入れる為にならば、心を酷使してもいい・・・。
それほどの強くも脆い想いは、夜にだけ幼い少女にさせてくれる。


優しい寝顔。
嗚呼…ずっとこのままで・・・・・・。
私はこの夜に私になり、この夜に死を渇望した。
今が、壊れそうなほど幸せだからと……。


私が眠った一秒後、君の吐息が消えてしまったら・・・?
私が寝過ごした時間、君が苦しんでいたら・・・?
おやすみと振り返った瞬間、君の心が泣いていたら・・・?


―――――眠れなかった―――――


恐くて、恐くて・・・眠れなかった。
自分を責めてはいけない。
いけない。
そう想いながらも、自分には責める要素がたくさんあり過ぎて、責めずにはいられない。
だったら、責めずに済むように、私には眠りという安らぎは要らない。

朝まで君を見つめていよう。
夜まで君を護ってみせよう。

睡眠に代わる安らぎが、此処にある。
たとえ、誰もが否定しそうな幸せでも、私にはそれだけで良かった。
日常という「特別」が、憎らしいほど恋しかった・・・。

何も知らない陽が、容赦なく朝を告げて、すべてを知っている月が、無残にも夜を告げた。
迫り来る朝に、倒れそうなほどの恐怖に襲われて、一体どんな顔をして君を見つめていただろう。
手を差し出して、君の頬に触れようとするこの短い葛藤の中で、私は知ってはいけない事実を確かめる者のようだった。
柔らかな肌に、言い知れぬ安堵を感じて一息つく・・・。

何よりも幸せの時・・・・・・・・・ではない。

何よりも物悲しい時間。
温もりを知れば、知るほどに、悲しみが蓄積されてゆくようだった。
それでも、その温もりだけは感じていたかった。
いつまでも、いつだって・・・。
ただ君が欲しい・・・そう思ってはいけませんか?
我がままならこれ以上言わない。
だから、と付け加えて言ってはいけませんか。







―――――人魚姫。貴女が羨ましい―――――

声を代わりに差し出して、王子様を手に入れた女性(ひと)よ・・・。
私は声も、耳も要らない。
ただ、彼が欲しい・・・。
私の声だけでは、代価になれませんか?
私の耳だけでは、対等ではないのですか?
何と交換出来るのでしょう・・・?

―――私には、この身体以外…差し出すものなど無いというのに・・・・―――

臆病な朝。
君を見つめている私は、きっと今にも泣き出しそうで、死にそうだ・・・。
それでも、「おはよう」の一言を聞く為だけに生きている。
「さぁ、起きて。君が大好きな朝が訪れてる。」
名前を呼ぶだけで、スっと瞳を開けるいつもの君が、堪らなく愛しい。
幾千の時間よりも、この一瞬が愛しい。

「さぁ、起きて。私が呼んでるのよ?さぁ。私を微笑ませて?」

私の代わりのように、切ない顔をした君が、少し掠れた声で言う「おはよう」
喉につまりそうな、私の「おはよう」
ちゃんと笑えてるかしら?それが心配・・・。
大丈夫。君は何も不安にならなくていいの。
大丈夫。大丈夫。私は大丈夫よ。
心配なんか要らない。
だから笑っていて・・・。
そうして、不器用な私の朝食を笑顔で食べてちょうだい。
いつもと同じ。
まとまりのない食事に、美味しいって言うのよ?

―――泣きそうな私にそう言うのよ・・・毎日君は・・・―――

たったそれだけの日常。
陳腐だと嘲笑わないで・・・。
私にはこの上なく、美しい日々たちなのだから。
このワンカットの日常だけでいい。
幸せの名を持つものならば・・・・。









君はベッドに横になっていた。
私の肌よりも白く、儚げな横顔。そして穏やかな空気。
私は、泣いていた。
もう我慢や葛藤など必要ないから・・・。
今日求められるのは、本当の私。
だから際限なく泣いていよう。
擦っても、擦っても流れ落ちる涙が、君のシーツに点々と跡を落とし続ける。

布団の重みでさえも、君を潰していってしまうような気がして、とてつもなく恐かった。
滑り込ませた手を、躍動する胸に乗せる。
規則正しく感じる運動が、君を知らせてくれる。
じわじわと感じる震えを抑えようとすれば、するほどに恐い。
カチカチと耳障りなほど大きな時計の音に、苛立ちを覚える。
まるで、追い詰められているかのように・・・。




―――――人魚姫。足を手に入れた代償はなんだったのでしょうか?教えて下さい。―――――




後(のち)に声でさえも手にする貴女は、一体何を失ったのでしょう・・・。
それは、愛しい人の生と死を見つめるという残酷さでしょうか。
得られる幸せだけ付きまとう恐怖に、貴女は生涯怯えていたのでしょうか・・・。
それとも、悲しみなど何も感じさせないほど、輝く日常だったのでしょうか。
どうか教えて下さい。
魔術によって手に入れた、仮初めの幸せにはどんな罪が待っていたのかを・・・・。







君はベッドに横になっていた。

あのカチカチと私を急かせる時計の音を聞きながら、あと何回この風景を見続けられるのか…
そんな事を指折り数えていた・・・。
答えなど出るはずもなく、数えるのは十まで・・・。
それ以上数える事は出来なかった。
それが、何かの限界のような気がして、拳を震えるほど握り締めた。



君がベッドに横になっていた・・・。



人魚姫…。分かった気がします・・・。
貴女が受けた、拷問に等しい代償とは何なのかを。
優しく流れる時間の中で、今の私のように、彼を見つめている事が何よりも苦しいものだと・・・・。
そうして言葉に出来ない想い・・・・。
本当は声など必要なかった事に気が付いた時、貴女はきっと自分を恨んだのでしょう。
何も出来ない・・・無力な自分を。

私には分かる。
人魚に還る事も出来なければ、海の泡(あぶく)となる事も許されない。
人として生きる孤独を背負う、一人の女である時…貴女は誰よりも苦しかったのだと・・・。

教えて下さい・・・。

現実はどこまでも変わらないというのなら、最後に微笑む方法を。
笑って・・・という彼に、満面の笑みを見せる方法を教えて下さい。



(そう想いながら、きっと貴女も熱い涙を流したのでしょうね・・・・・・・・・・?)





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